近代以降の日本の美術家たちは、西欧で形成された様々な美術の動向を、積極的に学びとろうとしてきました。新しい美術に直面した美術家たちが、その傾向を吸収したり適応しようとする際に、常に避けて通ることができなかったのが伝統と革新のせめぎ合いでした。結果的にはその競い合いが、美術家たちの視座の重要性を認識させることとなり、独自の造形への更なる追求にも繋がっていったのです。また、この時代には写真が普及し、対象の再現的伝達よりも、美術家たちにとっては対象をどのように表現するかが重要になってきました。近代の美術家たちは、こうした状況が美術表現に大きく関わってきたことを踏まえた上で、個性に立脚した表現を切り開いてきたと言えましょう。
明治末期から大正時代にかけての美術界は、西欧の様々な動向が矢継ぎ早に紹介された時期でした。埼玉ゆかりの美術家たちも、この頃から渡欧して、新しい傾向を日本の画壇に伝えています。埼玉出身の斎藤豊作は点描画法、斎藤与里は後期印象派やフォーヴィスム、森田恒友はセザンヌの作品に影響され、やがて自らの画風を築き上げています。田中保はアメリカのシアトル時代を経て、キスリングや藤田嗣治らが活躍したエコール・ド・パリの時代を迎えましたが、その頃から「裸婦」表現に豊麗な色彩が見られるようになります。一方、国外に出ることはありませんでしたが、寺内萬治郎はドランやコローに、倉田白羊も西欧の美術家たちの新しい造形に関心をよせながら、独自の写実表現を追求しました。
彫刻界においても、明治末期にオーギュスト・ロダンの作品が雑誌『白樺』に紹介されたり、荻原守衛や高村光太郎が帰国し、ロダン的作風にて一時期を画しました。文部省美術展覧会を舞台とする客観的な自然主義による彫刻の系譜が確立されたのもこの頃からでした。
美術学校卒業間もなく埼玉に移り住んだ小倉右一郎は終生官展で活躍し、埼玉大学で教鞭をとった中野四郎は次第に木彫から離れ、石膏やセメントによる素材を用いるようになって、ロダン的作風を強めています。
本展では、埼玉ゆかりの美術家たちの作品をはじめ、影響関係にあった国内外の美術家たちの作品も併せて展示し、日本の美術家たちが西欧の近代美術と出会い、いかに独自の表現を切り開いてきたかをたどります。
常設展示室 1F 2000 MOMASコレクション 第2期
2000.7.4 [火] - 10.1 [日]
近代の絵画と彫刻 -個性的表現の開拓-
フランスの近代美術
小コーナーでは、当館のコレクションを代表するフランスの近代絵画と彫刻を展示します。
当館では、埼玉にゆかりのある美術家をより深く理解するために、彼らに影響を与えた19世紀後半から20世紀前半にかけてのヨーロッパの近現代美術作品を収集してきましたが、今回の展示では、本県の近代美術の展開に大きな影響を与えた印象派、エコール・ド・パリ、キュビスムなどの作品、及びロダンをはじめとする彫刻作品を紹介します。
新収蔵品紹介 -版画・写真から
1階ギャラリーでは、平成9年度および10年度に新たに収蔵された作品の一部を紹介します。
高橋力雄は、多色木版を基本において活動してきた版画家です。詩情豊かな抽象表現には、師であった恩地孝四郎の作品に共通するものが感じとれます。1960年代にメキシコを訪れてからは、その風土や遺跡などに深く感動して、メキシコにちなんだ画題が多くなりました。しかし余白の多い画面構成や抑制された色彩などからは、日本人としての感性に根ざしていたことがわかります。
ドイツに生まれたクリスチャン・シャートは、表現主義やキュビスムに影響された絵画や版画を制作するとともに、新聞の切り抜きや様々な印刷物を用いたコラージュの制作を始めました。やがて印画紙の上にコラージュや物体を置いて、コンタクト・プリント(密着焼き)した作品を発表するようになり、それらを「シャートグラフ」と命名しています。こうした制作方法は、1920年代初頭のマン・レイのレイヨグラフやモホリ=ナジのフォトグラムがあります。シャートの作品はこうした分野での早い作例と言えます。
会期
2000.7.4 [火] - 10.1 [日]
観覧料
無料
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アリスティド・マイヨール《イル・ド・フランス》1925年
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熊谷守一《裸》1943年
埼玉県立近代美術館では、2008年度より「常設展」という呼称を「MOMASコレクション」に改めました。当館の常設展では2002年度以降、外部からの借用作品や現存作家のご協力によって、所蔵作品を核としつつも従来の常設展のイメージに捉われない、企画性の高いプログラムを実施してきました。名称変更はこうした意欲的な姿勢を示そうとするものであり、これまで以上に充実した展示の実現を目指しています。
※MOMAS(モマス)は埼玉県立近代美術館(The Museum of Modern Art, Saitama)の略称です。